wjの歩み(棚橋祝WMG王者〜御小柴田一騎打ち)

このページのURL
ワジャ族ノ里R
マグマへようこそ リロード  差分  添付  トップ  一覧  単語検索  最終更新  バックアップ  ヘルプ 
Top / wjの歩み(棚橋祝WMG王者〜御小柴田一騎打ち)

マグマは2度移転しましたが無くなってしまったようです。
このサイトは2005年9月時点のマグマです。閲覧のみ可能ですので懐かしんで読んでみて下さい。

wjの歩み(棚橋祝WMG王者〜橋本真也さん急逝)

:wjの歩み一覧



2005.4.21 新日後楽園大会。NEW JAPAN CUP準々決勝が行われ、WMG王者・天山は西村修に勝利、防衛(V2)に成功。次戦は棚橋と対戦予定。

2005.4.22 新日大阪大会。WMG王者天山は棚橋に破れ、王座陥落。その棚橋は決勝で中西を破り、初防衛に成功。
一方ノア武道館大会で天龍はセミで秋山と組んで小橋&潮崎と対戦。小橋のチョップ連打で胸から流血しながらも最後は大将がパワーボムで潮崎からピン。さらに休憩前に無所属となった川田がリングに上がり三沢戦をアピール&握手でノアドームでの対戦が決定的。そしてセミ前にドーム決定カード第1弾として小橋建太vs健介のシングルマッチが決定。ちなみにGHCヘビー級選手権は力皇が斎藤を破り初防衛に成功。

2005.4.25 第11代WMG王者となった棚橋が会見を開いて藤田和之に宣戦布告すると共に、アマレストリオに対しては「顔がエースじゃない」(永田)、「リスペクトが生まれない。プライドを持ってる部分がズレてる」(中西)と酷評し、又「レッスル・ジャパン(略称WJ)」なるチーム名を贈呈、かつて裕タンがつけた『佐々木健介とKOTH&ブルー』同様にマグマなネーミングで度肝を抜いた。

2005.5.7 ディファカップ1日目。中嶋君は村浜と組んでタイガー・エンペラー&スペル・シーサーと対戦。善戦するも虎皇帝のタイガースープレックス04に沈む。その虎皇帝組を日高&藤田が倒して決勝進出。もう片方のブロックは丸藤&KENTAがカズ・ハヤシ&スパンキーを下して決勝へ。また初代えべっさんがえべ太郎として生まれ変わったが、見た目がほとんど変わっていない。

2005.5.8 ディファカップ2日目。中嶋君は浪口とシングル。15分時間切れ引き分け。そして第4試合に石井が登場。前回準優勝の高岩&佐々木義人と組んでTAKA&PSYCHO&サンジェイと対戦。ダブルインパクトでサンジェイから高岩がピン。そしてディファカップ決勝は長期戦となり、ブサイクへの膝蹴りでKENTAが藤田に勝利。試合後KENTAが「星川選手に責任持って渡してほしい」と大会実行委員長のオッキー沖田に賞金を渡して終了。

2005.5.13 リキプロ道場。リキプロ後楽園(6.5)で御小とタッグを組むエンセン井上が会見を開き、「長州さんの人間性にほれていたし、いつか一緒に戦えると思っていた」。まぁ、人間性にやや難のある井上がこれまた難のある御小にシンパシーを感じるのも無理はないという気持ちは(ry

2005.5.14 新日東京ドーム大会。試合結果はともかく、観客席はLEGENDを凌ぐひろしの来襲、まさしく伝説に残る興行となった。

2005.6.5 リキプロ後楽園大会。メインの長州&エンセンvs村上&XのXは藤原組長だった。試合は長州が村上をリキラリアットで仕留めた。
また、リキプロ対アパッチのランバージャックマッチはリキプロの連勝に終わった。しかし、非道は抗争継続を宣言。
なお、前田が来場したが、スルーされた模様。

2005.6.18 新日京都大会。U30選手権が行われ、WMG王者棚橋が全試合に勝利を収める。同時に鉄屑WMG王者としては前人未到のV8を達成した。

2005.6.21 新日夏の祭典「G1クライマックス」の概要が発表され、永田、中西といった常連に加えて、みのるやジョシュ等が参戦を予定。でも、ハワイ王にオファーはなく、ドラゴンがちゃっかり入ってるのはやはり解せないという気持ちは(ry

2005.6.27 ビックマウス旗揚げ戦「W−1GP」の記者会見が行われ、曙vsグレートムタというドリームカードが発表されると共に、長州力と佐々木健介の絶縁状態となった元師弟がWMG王者決定トーナメント以来、約2年ぶりに対決することとなった。

2005.7.7 発売された週刊ゴング誌上で、健介夫人・久子さん(北斗)がWJでの生活振りを赤裸々に告白。マグマサイト上で取り上げらたWJのバブル振りと、長州の無責任振りが再確認できる内容となった。

2005.7.11 「破壊王」こと橋本真也氏が急死(享年40歳)。謹んでご冥福をお祈りします。

橋本真也急逝


2005.7.15 橋本真也氏の告別式が横浜市の一休庵久保山式場で行われ、蝶野・武藤・小川を始め関係者・ファン2万人が参列。
橋本さんに蛇蝎の如く嫌われていた佐々木健介さんがなぜ来てるの?という気持ちはあるが、総じて破壊王の生前の人柄が偲ばれる式となった。

2005.7.18 NOAH東京ドーム大会。WMG王者・棚橋がGHC王者・力皇相手に9度目の防衛戦に挑むも、敗北。至宝WMGがNOAHへ流出する非常事態となった。ちなみに、力皇はGHCとの2冠達成。
その他、マグマ勢も多数参戦。ハワイ王は小橋の豪腕ラリアートで轟沈、中嶋君も敗北。一方で天龍は圧勝、ご本尊も勝利を収めた。

2005.7.21 NOAH社長・三沢さんがWMG(&GHC)王者・力皇への挑戦を正式表明。でも、それだけは正直勘弁して(ry。 同日、ハワイ王・中嶋君組のアジアタッグ挑戦(7/26)が発表された。

2005.7.26 全日本・代々木大会。中嶋君はハワイ王と組んで、アジアタッグに挑戦、“brother"YASSHIからフォールを奪い、メジャー団体で初のベルトを奪取した。

2005.7.29 01MAX後楽園大会。火祭りが開幕し、元WJ戦士「」はバンビ・キラー、同ハワイ王は横井に圧勝し、順調なスタートとなった。ついでに中嶋君も第1試合でコッソリ参戦。試合後の「」コメント『大阪、佐々木健介、WJの時おまえに負けた恨み、絶対に忘れないからな。大阪でキッチリ返してやる。』。それに対するハワイ王『その名前はもう出さなくていいよ(苦笑)。でも、あのころからの負けがあって、借りかもしれないけど、久しぶりに体をっぶつからせて戦ってみたい。借りを返すって言われて譲る気は無い。』

2005.8.4 ビッグマウス・上井文彦がプロデュースする「WRESTLE−1 GP 2005」が両国国技館にて開催。第六試合にて「長州VS.健介」のデスティニー、運命対決が実現。「師弟関係から遺恨関係へ」 というかなりアレなビデオが流され試合開始。ロックアップから試合が始まりリキラリアットや逆水平などの激しい応酬で試合が進む、健介がフェースバスターや叫びながらのアックスボンバー などの猛攻のあと長州の反撃を食らいながらも完璧な北斗ボムで3カウントを奪い6分10秒で勝利した。試合後健介が「試合をやっていて、気持ちが全然返ってこなかった・・・」とコメントしたところに北斗が乱入し、長州が余力を残して負けたと指摘 「あんな最低のレスラーとやって、コメントなんか出すことなんかねぇよ。!」とブチ切れて長州に絶縁状をたたきつけた。

2005.8.5ZERO-ONE MAXのリングにて「火祭り」Bブロック公式戦として大森VS.健介の昨日に引き続くWJデスティニー、運命対決が実現した。試合は大森が健介に執拗なまでの右腕潰しを続け、健介は大森のお株を奪うアックスボンバーを炸裂。最後は大森のアックスギロチンをカウント2で返した健介がラリアット三連発からのノーザンライトボムで3カウントを奪い勝利。試合後両者は握手。大森さんが「戦ってWJを吹っ切れた」とコメントを残し、WJに対するアレな気持ちを露呈した。



マグマに戻る

:wjの歩み一覧2



  • 塩の対決、ショッパーファイト。 -- 名無しマグマ 2005-06-28 06:39:04 (火)
  • W-1で恐怖のソルトデスマッチか・・・。ハイスパートで10分以内で決着だけは勘弁してください -- 名無しマグマ 2005-07-08 22:41:40 (金)
  • 所詮、棚橋も塩か・・・・・・ -- 筋肉マン 2005-08-13 23:06:25 (土)

広告
最終更新日: 2016-03-07 (月) 20:13:14 (985d) HTML生成時間: 0.031 秒
リロード   差分 添付   トップ 一覧 検索 最終更新 バックアップ   ヘルプ   最終更新のRSS
本サイトに掲載されている、すべての記事・画像・ムービー等の、無断流用・転載は《・∀・》カタカタ 。

このホームページについてWJプロレス概要 弊サイト管理人マグマ管理人(仮名)よりご挨拶WJスレ後援会

wjスレ公認サイト 世界日本制覇ワジャ族ノ里R
PukiWiki 1.5.0 Copyright © 2001-2006 PukiWiki Developers Team. License is GPL.
Based on "PukiWiki" 1.3 by yu-ji Powered by PHP 5.3.29